DUBAI・ドバイ サウジアラビア連邦

 イスタンブールに行く途中にトランジットできるらしいので、2日滞在しました。基礎知識はゼロ。一応地球の歩き方を図書館で借りてコピーしてきましたが。
ドバイは思った以上に面白い都市です。アラブの中にあり、自由貿易港の為にビールもディスコも何でもあるし、人口の7,8割が外国人といいます。地理的にインド人やアラブ人、黒人が多いようです。日本人や中国人派遣ビジネスマンも増えています。
ドバイ市内はかつては漁村と真珠の交易が行われていた小さな町でしたが、石油が出たこともあり50年で急激に近代化した町です。
 入場無料の国立博物館や民族博物館にあるかつての砂浜の上に土壁やバナナの葉で出来た家々は見る形もありません。今は高層ビルが立ち並び、高級ショッピングセンターや高級ビーチリゾート地になっています(日本人ツアーも沢山入っています)。しかし旧市外に行くと昔ながらのバザールやモスクや庶民の生活がありほっとします。もちろん私が回って写真をとっているのはそういう庶民くさい所ですが。いや、ただ単に高級リゾートに行くお金が無いというのも理由ですが。
 料理は移民の為、インド料理やアラブのケバブの”シャワルマ”がポピュラーです。港町であったために、アラブでは珍しく魚をよく食べるようです。ここのフィッシュマーケットは必見です。午前中が活気がります。

川沿いに高層ビルと古いモスクが乱立し、市民の足のモーターボートが行きかう。アジアの経済貿易港、香港を思い出す。
商業用のダウ船もあれば、観光客を乗せてクルーズをしてくれる船もある。庶民の足である渡し舟は一回乗って60円くらい。
朝は涼しく静か、朝食はサンドイッチとコーヒー。コーヒーはコンデンスミルクたっぷりの甘いコーヒー。粉は残念ながらネスカフェが多い。アラブコーヒーはカルダモンなどの香辛料で味をつける。
イスラムの国ですが、ケンタッキーもマクドナルドもコーラも人気。ZIGERというのはカリカリにあげたフライを挟んだサンドイッチ。FISHもCHIKENもある。私はエビ入りが好きだったが。
西の海岸リゾート地を除けば、旧市街にはこのように庶民の市場(スーク)があり、夕方になると活気が出てくる。上はスパイススーク。スパイスだけではなく、水タバコやお香なども売っている。
スパイス売り場、シナモンスティックなどは束で安くで買える。
アラブ料理の定番ファーストフードと言えば”シャワルマ”平たい野菜を加えピタパンに挟んで食べる。元はトルコのドネルケバブが発祥。シャワルマというのも元は「ひっくり返す」という意味のトルコ語が訛ったものと言われる。
アラブ半島にはインド人も多く、料理にもインドの影響が見られる。バザールで見たインド人のスナック屋、サモサやパコラといった揚げパイのようなものが売られる。ビールが欲しくなるが、イスラムの国なので外国人ホテルぐらいしか飲むことができない。
日中の突き刺すような暑さの中では水分補給は欠かせない。氷とマンゴをミキサーにかけたシェーク。他パパイヤやザクロなど日本ではなかなか生で飲めないジュースがある。道端ではお腹を壊す確立高い。
いいホテルやレストランだと出してくれる水のピッチャー。リゾート地だけあってホテル代は旧市街に泊っても高い。普通でも5000円は見ておいたほうが良い。
かつて運河のほとりの漁村でしかなかったドバイ。20世真珠取りと貿易で富を成す。1930年に日本の真珠養殖技術の確立で大打撃をうける。戦後経済改革や1966年の石油発掘により、急成長を果たす。ほぼ無料の博物館に行けば昔の写真を見ることができる。こんな短期間で発展した国は世界でも珍しい。
ラクダ乗り体験。heritageVillage民族村にて。時期があえば音楽や民族衣装他伝統文化紹介が見れるらしいが、私が行ったときは誰もおらず、まるでゴーストタウンのようだった。入場無料だからいいけど。
庶民の足、渡し舟。つかまる場所も柵も無い。乗りなれると便利。特に夕暮れどきや夜に町の夜景を見るのは最高。モスクから流れてくる夕暮れ前のアザーンを聴いているとイスラムの国をしみじみ感じる。
夕方になると人々はクリーク(運河)の岸を語りながら散歩しだす。男女で歩くのは家族だけで、殆どが男同士で手をつないで歩いている。最初は少し異様に感じた。イスラムでは男同士の友情は強い。


ドバイのフィッシュマーケットにて、アラブ料理と言えばケバブなどの肉料理を思うが、港町だけあって、ここは魚を良く食べる。出稼ぎフィリピン人もよく買いに来るとか。午前中が活気がある。規模は小さいが、横に牛、鶏肉売り場や野菜売り場もある。
気さくなフィッシュマーケットの兄ちゃん達、後ろでは鮮魚を売っていた。ホテル住まいの旅行者なので買えないのが残念だが。変わりに魚の名前一覧ポスターを買った。
ひげ面の大男達が60名ほど並び出刃包丁で魚をザクザク切っている姿は豪快。日本ほどの丁寧さはないが、とにかく早い。客が直接彼らに注文して買っていく。一袋数キロ単位で買っていく。スケールが日本とは違う。
  エイやサメ、アンコウなど種類は豊富。日本ほどではないが。冷たいコンクリートの台の上に広げて売っている。炎天下の中外で売っている人もいる。鮮度の管理がちょっといいかげん。

廿日市国際交流協会誌ブロッサム 連載記事1

放浪の料理人コータの食遊記 中東編07年
ドバイ・アラブ首長国連邦

早朝、まだ薄暗い空が少し明るんでくるころ、遠くからアザーンが聞こえてきた。時差ぼけでもうろうとしている頭をはたらかせ、そうだ僕はムスリムの国にやってきたのだと思い出す。そしてアザーンを子守唄代わりにまた深い眠りについた。ちなみにアザーンはコーランを詠唱しているとよく間違えられるが、本当は「アッラーは唯一の神であり偉大なり、etc」と「祈りに来ることは睡眠よりすばらしい」などといったいわばモスクに集まる呼びかけらしい。まるで夏休みに公園に集まってやった"朝のラジオ体操の始まる前の歌"のようである。
そう、私は5月のゴールデンウィークを返上してゴールデンマンツ、つまり一ヶ月の休みをとりイスランブールからイランを目指し旅に出た。格安のエミュレーツ航空を使うことになったが、何でもドバイの航空会社でドバイにもトランジット可能ならしい。最近日本人にも人気の中東ではトップクラスのリゾート地としか知らなかった。行ってみると、そこにはリゾートビーチの反対側に庶民が暮らす街があった。もちろん私が回っているのは旧市街のスパイスや魚のバザールといった庶民くさい所です。いや、ただ単に高級リゾートに行くお金が無いというのも理由ではあるが。
ここは面白い街で、アラブの中にあるのに自由な貿易都市のためにビールもディスコも巨大なショッピングセンター何でもある。さらに人口の7,8割が外国人という特殊な国。地理的にインド人やアラブ人、黒人が多いようだ。日本人や中国人派遣ビジネスマンも増えている。街を歩いていたらよく中国人に北京語で話しかけられた。同じ異国のアジア人同士何か仲間意識ができる。
ドバイはかつて漁村と真珠の交易が行われていた小さな町だったが、石油が出たこともあり50年で急激に近代化した。そして世界から一攫千金を狙う商人やリゾートで訪れるアラブの金持ちなどが集まり、活気ある港となった。
  料理は移民が多い為、いろんな料理が混ざり合っている。インド料理のカレーやアラブの"シャワルマ"(焼肉のパン包み)がポピュラーです。出稼ぎに出てきているフィリピン人のレストランも多いとき聞く。港町であったために、肉食のアラブ国の中では珍しく魚をよく食べる。ここのフィッシュマーケットの写真をとりに早朝出かけた。数十人の大男達がナタのような包丁を持って魚をさばいていく姿は圧巻であった。客も数キロ単位で豪快に買っていく。ここの職員に日本から来たと言ったら、興味津々で刺身や日本の魚のことについて質問してきた。私も魚の話が好きなので話が弾んだ。やはり魚の調理法や鮮度の保ち方などはやはり魚食民族である日本人の方に軍杯があがることがわかった。
さすがドバイは観光大国になろうとしているだけあり、英語も通じるし、安全で快適であった。幸先のよいスタートで気を良くして、今回の旅の出発地点イスタンブールに飛んだ、今後この旅にどんな事が起こるかはアッラーのみぞ知る。
著者紹介、世界の料理を追い求め6カ国語を使い60カ国以上を旅する。ブロッサムには10年前より連載を続ける。ホームページは「食遊記」で検索してください。