エスニック

北京料理あれこれ


天津甘栗
 日本の祭りなんかで、暖かいのを「天津甘栗」とデカデカと書かれた袋で売っているあれである。天津の中心を栗を求めて歩いてみた。しかし見当たらない。やっと見つけた一見の栗屋は、普通の袋に入れた中国で何処でもある栗であった。しかも冷たい。甘くて美味しかったが。一説によりと、天津の産地である栗を日本にネームブランドをつけて輸入してみたらヒットしたので、そのまま日本では名産天津甘栗として売っているとか。

写真、天津のメインストリート。
天津丼
 ドンブリに白米をいれて、その上にかに玉を乗せる料理である。しかし、それが本当に天津にあるのだろうか?町を探して見た。しかし、天津名物としてあるどころかメニューにもない、中国に似たようなかに玉を乗せるメニューがあるので、それが起源だと周富徳の説もあるが、天津の名前がつくのがおかしい。これも天津あたりから引き上げた日本人が日本で作って名前をつけたと考えるのが妥当であろう。満州帰りの兵隊が焼き餃子を日本で作って広めたように、、その話は後日。

 ちなみに、天津の名産と言えば狗不理包子である。熱々の汁が入った「犬も食べれない」という意味のパオズである。一皿16個入って16元(200円)であった。食べきれない、、、。
右、写真、老舗の店

2月1日天津にて。
2月15日
「チンジャオ・ロースー(牛肉とピーマンの炒め物)」と注文をしたら、いつも、細切りネギの上に細切りの肉と味噌がのった皿が出てきた。豆腐で作った皮に巻いて食べる。
私はこれをずっと本土のチンジャオロースーだと思ってきた。
しかし、中国語の達者な友達が注文すると、日本のいわゆるそれが出てきた。私の注文してきたのは「京醤(ジンジャン)・ロースー」であったらしい。発音一つで意味が全く違う中国語の難しさをまた教わった。

 ちなみに右写真は”古老肉(グーラオロウ)”、豚肉の甘酢あんかけである。パイナップルも入っている。個人的にはパイナップルはいらないと思うが。赤い着色料や甘めの味など、少し日本人の味覚にはあわないかもしれない。アメリカの華僑系のレストランでも揚げ物にこの赤い甘ったるいソースをかけるのをよく見た。アメリカ人はケチャップが好きだからこういう味があうのだろうか?

 中国語がわからないときは、これらの日本でも知られている料理を注文するのが無難であろう。日本人旅行客が文字がわからないで注文したら、犬肉やカエルや牛の睾丸料理が出てきたという話もある。私は何でも食べれるので問題ないが。
最近のマイ・ヒット商品にこの酸牛乳(サン・ニューナイ)、つまりヨーグルトがある。陶器の瓶にヨーグルトを入れて紙と輪ゴムで蓋をしただけ。瓶は飲んだ後に回収する。料金は1.5元(20円)。このシンプルさ、経済性やリサイクル性など全てがすばらしい。インドでも同じように素焼きの陶器にヨーグルトが入れて売られていた。中国の方が、蜂蜜入りなどもあり、製品がいい。
毎朝、学校の売店でこれを飲むのが習慣になってしまった。

日本では食品衛生法、人件費が高いこどもあり、少し難しいかも。一昔あった、ソーダの瓶の回収システムもあまり見なくなったなあ。

ちなみに、中国では乳製品の消費は少ない、内モンゴルでの伝統的なものぐらいであろうか。しかし、近年の食の洋風化で現在乳生産が追いつかず、不足しがちとか。いい国産チーズが出てくることを望む。ちなみにチーズは殆ど輸入物、かなり高い。ワインも。以前の日本と同じ。

我が、北京師範大学の東門の前の路上や高架周辺にはいろんな物売りがやってくる。殆どが許可書も持っていないと見える。検問が来たらさっと散る。
食べ物は、ドラム缶の焼き芋、生魚(鮮度が非常に疑わしいが)、果物類などである。先日面白いものを見つけた、ベトナムやカンボジアなどで食べている、半分孵化卵である。茹でたものを殻を割って塩をつけて食べるのが一般的だが、このときは途上のコンロで炒めていた。味は卵と雛の中間。育ちすぎていると、骨や羽が気になる。ちょっとグロテスク。栄養価は高そうだ。

4月 路上にて
北京の韓国料理1

北京には韓国人が異常に多い。五道口という学生街・韓国人街を始め、三つくらいあると聞いた。大学内も留学生の8割くらいが韓国人だ。近年の中国の発展にともない、韓国人では中国ブームがきているらしい。

北京師範大学内にも韓国料理店がある。日本の韓国焼肉料理店と違うのは、料理人もスタッフも殆ど韓国人、中国の朝鮮族であることだ。キムチも本物の味だし、犬肉鍋(ポシンタン)などとゆうメニューも見つけることがある。
私はこの犬肉鍋が好物である。「中国=犬まで食べる人々」という誤解がある。厳密に言えば、中国の朝鮮族系が食べると言ったほうがいい。アジアでも沖縄や中国の山間部、タイの東北でも犬を食べる習慣があった、しかし、食が豊かになるにつれて殆ど食べられなくなった。つまり救荒食の意味合いが高かったと思われる。しかし韓国では食文化として高められ現在でも食べられている。特に病気のときに利くと言われる。ポシンタン(保身湯)なのである。たしかに体が温まる。肉も羊肉のような弾力と味わいがある。
 中のよくなった韓国人と食べ物の話をするとき、この”ポシンタン”の話をする。今まで、若い人で好んで食べるというのを聞いたことがない。ソウルでは動物愛護学生グループが反対デモをやったこともあるらしい。
日本もいつか、鯨を昔よく食べたなんて言うと、いやな顔をされる時代がくるのだろうか。
他国の食文化や個人の食習慣を野蛮とか言う権利は誰にも無い。
北京の韓国料理1

五道口の"サムギョプサル(韓国焼肉)"の老舗「郷村居」に、韓国人の同級生と行ってきた。ここら韓国人街は日本人が行ってもいい店がどこにあるかがわからない、だから韓国人のチング(友達)と行くのが一番だ。彼らのネットワークはすごい。

知られているように、焼肉、特に内臓やタンなどを食べる、習慣を持ち込んだのは在日の韓国人であった。机の下に七輪を入れて座った高さで焼ける方法をあみだしたのも彼らである。
日本式の焼肉と地元韓国人の食べ方の最も違うところは、ニンニクとコチジャンを使うところであろう。デートのときニンニクを沢山食べても、韓国人同士なら問題ないらしい。好みでチシャを包んで食べる。バンチャン(キムチなどの副菜)も別料金なんてけちなことは言わない。おかわりも自由だ。
酒はもちろん”ソジュ(韓国焼酎)。ガラスのお猪口についで「ガンベ(乾杯)」をして一気に飲む。年上の人がいるときは、口を隠すか、横を向いて飲む。この乾杯の繰り返しで私は釜山のコンパでもつぶされ、そして再び北京でもつぶされ、、。彼らはソジュを飲みなれている。
北京ダック
北京ダックと言えばゼンシュウトクというのが北京の定番になっている。地元の中国人も行くし、日本人も殆ど行く。しかし、あそこの北京ダックは少し脂が多い、食べ放題ツアー客で毎日たらふく食べた後にさらにあれを食べると殆どの人が「北京ダックはあまり美味しくない」という評価を出してしまう。北京人でも高級なので特別なときにちょっと食べて酒のつまみにする、というものなのである。
北京ダックの店で私が一番気に入っているのは、右の店である。下町風情を残す合同(フートン)の中にあり、従業員も家庭的、しかし味は一流で、各国大使が御忍びでやってくるという相反したところがまたいい。
北京ダックも本体には味をつけず、脂を丹念に流し落としながら作られる。淡白な味に仕上がる、北京ダックにつけるタレ・テンメンジャンもここのは甘すぎない大人の味。

知る人ぞ知るこの店。迷路のような合同の中にあるので、人から聞いただけではまずたどり着けないであろう。

 北京の合同(フートン)は都市計画の中で、最近つぎつぎに壊されていっている。外国人はそれを惜しみ、保存を呼びかける。しかし住んでいるものからすれば近代的な町になって、暮らしが便利になるのは望ましいことであって、外国人にとやかく言われるすじあいはない。もちろん中国人でも昔の生活を懐かしむ年配の人々や、古いものに価値を見出す新しい若い世代達もいる。

合同はまさに、そういう下町の人々の生活、古代と現代、全てがミックスされた空間である。だから何度歩いても面白い。

東北(ドンベイ)料理あれこれ
瀋陽

5月1日からの中国のゴールデンウイークに瀋陽と大連の知人を訪ねて、小さな食べ歩きに出た。
テーマは東北(ドンベイ)料理。名前からして、なにか田舎くさい感じがするが、そのとおりであり、北京人から言わせると、量だけ多くて、田舎くさい料理と言う。ある人は味がさっぱりして、これこそ庶民の料理と言う。
 中国の北方料理の特徴的な小麦を使った料理が主食、軽食としてよく食べられている。水餃子やシューマイや麺類など。特に瀋陽の友達の紹介で行った、馬焼麦(マーシャオマイ)店が気に入った。1796年、つまり200年以上の歴史を持つ。何よりも気に入ったのが、調味料が各種そろっており、自分で好きなものをつくれること、付け合せの漬物類が豊富で全て無料であることである。北京ではサービスは無い。

(写真 右上)




 中国人の友人の実家におじゃまして、東北料理を習ってきた。ここでも父親が料理を作る。中国の男性は非常に料理好きである。客を招くときは彼がつくり、平日でも仕事場が近いのでだいたい彼が先に帰ってきて作るらしい。料理は自分で勉強したとか。
東北料理は香辛料や油も比較的控えめで、味も素朴で、量が多いのが特徴。非常に温かみがあり、客をもてなす素朴な東北の人々を表しているような気がした。

家庭でも水餃子は欠かせない。皮ももちろん自分で作る。私が駅に到着し、そして家に着くまでの小一時間に準備したという餃子が沢山作られていた。そして茹でたばかりのものを山のように盛る。そして、酢をつけてひたすら食べる。主人は客人がもう食べれない、もう飲めないというまで料理と酒を出し続ける。それが中国のもてなし方。
(写真 右)

ちなみに食事に行ったときも、こまごま割りかんなどはしない、誰か一人がポンとお金を払う。面子を重んじるので、自分が払うと言い合いになるときもある。ふとっぱら。最近海外からの割り勘”「AA制」”なる習慣が都市部では現れた。

大連

大連は日露戦争の主な激戦区の一つにもなり、その後の日本の長い統治もあり、日本人にとっても馴染みが深い。国際港であり、日本企業も日本料理店も多く、日本語を学ぶ学生も多く親日的なムードがある。なによりも中国で一番新鮮な刺身が食べられる所である。日本料理店のレベルも高い。

魚市場や海産物料理店を回った。中でも一番すばらしかったのが右の店である。水槽があって、そこの生きた魚を注文すれば網ですくって、蒸、揚げる、炒めるなどの指示をするとすぐ料理してくれる。種類もどじょうから、シャコ、ザリガニ、カエル、なんでもござれ。魚の値段は斤(500g)で表示されており価格も魚によって大きく異なる、、一匹の値段の確認が必要。こういう海産物屋はよくあるが、特にここの店で関心したのは、料理の材料をひとまとめにしてディスプレーされているところである。皿の材料から客が判断できるのである。その展示の数も半端ではない(右下写真参照。)

 ちなみに、日本ようにプラススチックの料理見本は中国には無い。実際あれを作ろうと思うと高い。日本の料理人街「河童橋」で作ると、その本物のの料理の10倍以上はすると見ていい。つまり、カツ丼の見本を作ると8000円くらいするのである。

海産物食い倒れの街、大連。大阪を彷彿とさせる。中国の中で日本人にとっては最も暮らしやすい街の一つである。



川底下村の老北京料理

 北京からバスで3時間ほどのところにある、中国でも珍しく伝統的な集合住宅が残る村に行ってきた。映画の撮影にも使われるらしい。土壁と石でできた家は今でも使っている。寝室がオンドルになっているところもある。冬は冷え込むのだろう。青い空と山、そして古代からの町、ペルーのクスコを思い出させる。
 村の食堂、柱には唐辛子、トウモロコシが干してある。飾りではなく保存用の食料である。田舎の老北京料理。北京の町では食べたことの無い山菜の和え物やキノコの炒め物があった。それもそのはず、それらは山からとってきたものらしい。ここの田舎の料理は唐辛子も香辛料も少なめで素朴であった。それと、殆ど肉が入っていない。今では肉が何処でも手に入るが、以前肉が高級品であったときからの習慣なのか。豆腐はあるので、たんぱく質のバランスは比較的良いと思われる。
お茶の買い方

 北京に来てから、お茶を集めるのは私の趣味になった。ワインとフランス料理が切り離せないのと同じように、中国茶と中国料理は切り離せない。
 いいお茶葉を扱っている店は北京市内の各地にある。前門の張一元は老舗であり、時々買いに行った。買ったら紙に包んでくれる。北京内で自分ですぐに消費するのならいいが、日本に持って帰るなら避けた方がいい。
台湾系の天福茶屋は日本にも支店を持つ店である。ここでは機会があり、真空包装もやってくれる。
定員の教育、サービスも非常にいい。
お茶の買い方

 私の場合は、お茶を必ず飲ませてもらう。50g100元(1400円)もするお茶でも喜んで飲ませてくれる。もちろん安いお茶でもいいから買って行くが。
 ワインの産地でワイナリーを巡るとき、蔵の人たちとワインを飲みながら話すのが楽しいように、お茶を飲みながら、中国人美人とお茶についてあれこれ喋るのも楽しい。忙しくないときはいくらでもお茶の話をしてくれる。一つお茶の講義を聴いたようで得な気分になる。
 馴染みの店や定員をつくっておくといい。
 ワインは高ければ美味しいというわけではないが、お茶の葉っぱは高い方が味がいい。庶民が飲む普通の緑茶でもいいし、特別なお客様が来たときは皇帝に献上したと言われる貢品茶などを出してもいい。TPOにあわせるのがいい。
ちなみに夏は菊茶に角砂糖少しがさっぱりして美味しい。

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